うたかた

湧き上がっては心を揺らす感情の泡を、戯れに文字にしてみる。 札幌、Vancouver、大津を経て東京に戻ってきました。

     

猫の色

もともと話し始めるのが早かった長女は、
絵本を諳んじ、
そこに出てくる表現を覚え、
テレビから単語を拾い上げ、
周りの大人が使う言葉を聞きかじっては試し、
お陰で4歳になる今では大人顔負けのおしゃべりをする。

それがまあ憎たらしいのなんのって、
揚げ足を取り、
正論を吐き、
痛いところを突き、
かと思うと口から出まかせを言い、
日々私の心を乱してくる。
(そしてまた私の心というやつは、いとも簡単に乱れるのである。)

けれども言葉というものは、
彼女の見ている世界を伝えてくれるもの
でもある。
それが時に、思いもよらない景色だったりするのだ。

先日、長女と道を歩いていた時のこと。
あ、ねこ!
と長女が声を上げた。
そしてすぐに、
あーでももう見えなくなっちゃった、
と続けた。
その辺りはいつも、2~3匹のねこがいる。
白と黒、
白黒茶が混ざったサビ、
一番よく見かけるのが、茶トラ。

何色のねこだった?
と私は何気なく聞く。
娘は黙っている。
色まではよく見えなかったかな?
と私は重ねてたずねる。
ねこが何色でも別にかまわないのだが、
それに恐らくは茶トラなのだが、他に話題もない。

娘はなおも黙っている。
それから、
えーっとね、何色かなあ、うーんと、えーっと、
とブツブツ言いだした。
そう言われてみれば、色の名前って難しい。
茶トラの茶色は、
茶色?
黄土色?
薄橙色?
いろんな色の名前が浮かんでは消える。

薄茶色と白のしましまかな、
と助け船をまさに出そうとしたその時、長女は言った。
あのね、あぶらげの色と、白!
息をのむ私を置いて、娘はパッと駆け出す。
確かに、
と私はその鮮やかな表現を噛み締める。
確かにあぶらげの色だ。
そして、
薄茶色と白のしましま
という薄っぺらい表現をうっかり伝えずに済んだことに、
心の底から安堵した。



20060823 (1)-1re2
 さてはお腹がすいてるな。

キライと言えなかった

2人目が生まれる時、気になるのは1人目のことだ。
急に現れた赤ちゃんにお母さんを奪われ、
やきもちを焼き、
我がままを言い、
甘えん坊になることが多い、らしい。

上の子をとにかく最優先で、
とは、2人目を宿した妊婦がよく言われることだ。
赤ちゃんが泣こうが喚こうが、上の子が先。

お父さんと分担して、
というのも最近はよく聞く。
お母さんが赤ちゃんから離れられないなら、
お父さんが上の子の相手をしてあげればいい。

一方で、
上の子かわいくない症候群
などという衝撃的な言葉も散見される。
2人目が生まれてしばらく、上の子がかわいいと思えなかった、
という母たちの経験談があり、
しばらくしたら治った、
ホルモンの関係か、
いや母性本能がそうさせるのか、
などと続く。

長女のことがかわいく思えなくなるかもしれない、
そんなときはお父さん頑張ってね、
長女のお世話よろしくね。
もちろん、僕は何もかも長女優先にするよ。
現実感のないまま、出産前にそんな会話をしたのを覚えている。

10月に次女が生まれてからというもの、
おばあちゃんの家に連れて行き、
2人で動物園に行き、
水族館に行き、
夫はせっせと長女をもてなした。
長女はとりわけひどい赤ちゃん返りをするわけでもなく、
とまどいながらも次女の存在を歓迎しているようだった。
私は私で次女のお世話の合間を縫って、長女の相手をした。
つもりだった。

4か月が過ぎた頃のことだ。
珍しくお昼寝をした長女が、泣いて起きてきた。
寝起きが悪いのはいつものことだが、何か夢でも見たようだった。
お父さんはイヤなのー!
そう言って泣き出した長女は、
お母さんの隣に座りたい、
ほんとはお父さんとお出かけするのイヤだった、
と涙ながらに訴え、しばらくグズグズ泣いていたかと思うとついに、
お父さんキライー!
と絶叫した。

ずっとずっと我慢してきたのだろう。
長女はきっと、しっかり理解していたのだ。
お母さんは赤ちゃんがいるから、
赤ちゃんのお世話はお母さんしかできないから、
赤ちゃんはお世話してあげないとダメだから、
赤ちゃんは、赤ちゃんが、赤ちゃん、赤ちゃん。

だけど本当は、自分だってお母さんに甘えたかった。
お父さんじゃなくて、お母さん。
お父さんと一緒の動物園もいいけど、
お母さんもいたらもっとよかった。
お父さんと行った水族館は楽しかったけど、
お母さんも一緒に行きたかった。
積もり積もった気持ちは、
一緒に行ってくれないお母さんではなくて、
いつも一緒のお父さんに向かう。

長女ちゃんね、お父さんキライ。
うん、わかった。
お父さんキライー!
そっかそっか。
お母さんがいいー!
うん、お母さんも長女ちゃんともっと遊びたいよ。
お父さんとは、遊ばない!
うーん、わかった。

私は長女を膝に抱え、背中をさする。
一緒に遊んであげられなくてごめんね。
お母さんも早くまた一緒にお出かけしたいよ。
赤ちゃんが生まれて病院にいる時も、会えなくて寂しかったよ。
赤ちゃんのことは大事だけど、長女のことももちろんずっと大事だよ。
今は赤ちゃんのお世話をどうしてもしなきゃいけないの。
でもそれは、長女ちゃんより赤ちゃんの方が大事ってわけじゃないのよ。

おんおん泣きながら、
時にしゃくり上げながら、
お父さんキライなのー
と長女は繰り返す。
30分ほど経っただろうか、
次女がキライ、
と一度だけ言って、
けれどとうとう一回も、
お母さんキライ
とは言わなかった。

お母さんキライって、ただの一度も、言わなかった。
その衝撃が、それから2か月経った今も、消えない。
告白すれば、私は少し、
上の子かわいくない症候群
の気があったのだ。
長女がくっついてくるのが妙に気に障った。
甘えたくて近づいてくる長女を、
我慢して我慢して受け入れていたつもりだったけれど、
歓迎されていないことなど長女は敏感に察知していただろう。
号泣する長女を抱きしめているうちに、
まるで憑き物が落ちたように、触れられても平気になった。
平気になって初めて、おかしかったことに気づいたのだった。

ごめん、ごめんね、ごめんなさい。
お母さんが悪かった。
次女の世話にかまけて、長女を見てやれなかった。
自分の異常に気づかずに、長女を傷つけてしまった。
長女が我慢していることなど知っていたのに、何もしなかった。
それなのに、あなたは、お母さんがキライとは言わないの。
それとも、キライと言うことすらできないくらい、
母の愛に不安を持っていたということかしら。

あれから2か月。
新年度が始まって少し経ち、
長女は目に見えて元気になった。
次女とも仲良くしている。
長女は怒ると時々私に向かって、
そんなことしたらお母さんのことキライになっちゃうよ、
などと言うようになった。
へー残念でした、
長女ちゃんがお母さんのことキライでも、
お母さんは長女のことキライになりませーん!
そう言い返すと長女は一瞬頬を緩め、
それから慌てて怒った顔に戻る。



20060823 (1)-1re2
 お母さんて、大役。

スキップ

去年のクリスマス頃のことだ。
長女が突然、スキップの練習を始めた。
幼稚園で流行っているわけではないと言う。
同い年の誰ができるようになったわけでもなさそうだ。
彼女に聞いても要領を得ないが、
できるようになりたい
とどういうわけか思ったらしかった。

それからの長女と来たら、
階段を下りずスロープをスキップで下り、
道をスキップで進み、
家の中でもスキップで移動する。

最初は後ろに蹴り上げていた足が、
膝から前に上がるようになる。
トントントントンとぎこちなかった足音が、
タンタタンタと軽やかになっていく。
一週間も経たないうちに、できるようになってしまった。

そして1月の半ばのこと。
夫が幼稚園に送っていくことになっている火曜日、
たまには、
と夫に次女を任せ、私が送って行くことにした。
普段この道を通る時は必ず、次女を抱っこしている。
視界は遮られ、長女はしばしば死角に入ってしまう。
車の音で声が聞こえなくても、しゃがんで耳を寄せるのも一苦労だ。
そして、どんなに急いでいたって小走りしかできない。

でも今日は、身一つで来た。
今日は次女ちゃん抱っこしてないから、お母さん走れるよ!
と私が言うと、
やったー!じゃあ手つないで走って行こう!
長女は弾けるような笑顔を見せる。
嬉しそうな長女の足は、
タッタッタッタッ
と地面を蹴る。
私も隣で一緒に走る。
体が軽い!
と私が喜びの声を上げると、
お母さん、もっと走ろう!
と長女が叫ぶ。

やがて足音は、
タンタタンタ
とスキップになった。
タンタタンタタンタタンタ。
長女の体が弾むのに合わせて、
キュッキュッキュッキュッ
と握った手が躍動を伝えてくる。
体の内側がムズムズムズッとして、
思わず、私も一緒にスキップをした。

娘と手をつないでスキップをしながら、
ああ、これはずっと夢見ていた世界だ、
と私は思った。
心の奥底でずっと、
こんなことがしてみたいと願っていたような気がした。
いつか子どもが生まれたら、
その子が大きくなったら、
スキップができるようになったら、
こんなふうに手をつないで、
こんなふうに子どもの小さな体を感じながら、
こんなふうに、スキップで出かけたい。

ねえ。
私はたまらず長女に声をかける。
お母さんね、こうやって一緒にスキップできて、なんだかすごく嬉しい。
長女も自分もそうだと言ったけれど、
いやいやいや、そんなもんじゃないのよ。
あなたには想像もつかないくらい、お母さんは嬉しい。
嬉しくって楽しくって、
そう、
幸せ。



20060823 (1)-1re2
 お友だちのお母さんに見られた。

2019年1月

ねえ、どこに行った?
私の2019年1月、どこに行ったか知らない?

確かにお正月はお祝いしたけれど、
長女を幼稚園に連れて行き、
幼稚園から連れて帰り、
ご飯を作り、
次女におっぱいをあげ、
おむつを替え、
先延ばしになっていた長女の七五三写真と
次女の百日記念写真をまとめて撮り、
子どもたちの咳と鼻水にヤキモキし、
結局自分が一番の高熱にうなされ、
こうして列挙してみればいろいろやっているけれど。

おかしいなあ。
2019年の1月、あっという間にどこかへ消えてしまった。

もしかして、
もしかしたらの話だけど、
大掃除をちゃんとしなかったから、
年神様が来なかったんじゃない?



20060823 (1)-1re2
 今年もいつも通りの滑り出し。

バースレビュー その2

10月10日、予定日より6日早く、次女を出産した。
長女の時と同じ病院で、今回もまた(2015/4/10
バースレビュー
の紙を渡された。

ご自分の出産体験を振り返り、今のお気持ちを是非書き留めておきましょう。
経過を通じ、考えていたこと・感じたこと・印象に残っていることをご自由にお書きください。
出産後2~3日目ごろのご記入がお勧めです。

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(記入日10月12日)

出産前から、前駆陣痛と本陣痛の区別が付かないのではと思っていたのですが、案の定よくわからず、数分に一度床にはいつくばりながら上の娘と昼食をしっかり食べ(という時点で既に陣痛間隔が数分だったわけです、今思えば)、父の車で40分の道中は深呼吸をくり返し、ふと陣痛アプリの記録を見ると病院に到着する頃には間隔が3分などということもチラホラ。車椅子でそのまま分娩室、即分娩台、およそ1時間後には生まれているという怒涛の出産でした。味わう余裕もなかった。

そもそも13日(土)にある上の娘の運動会に行きたくて、「まだお腹にいてね」とくり返し語りかけ、まあそんなに都合よくいかないよなと思いつつもどこかで「待っていてくれるのでは」と信じているようなところがあったのです。だから陣痛が来ても簡単には本陣痛だと認めたくなかった。長女の時に、一度帰宅することをすすめられた記憶も手伝って、つい自宅で頑張りすぎました。まさかこんなに猛スピードでお産が進むとは…。

思い返せば長女の時には、陣痛の波が押し寄せるたびに「広大な宇宙にある大きな渦に放り込まれて翻弄される藻クズのような感じ」などというわけのわからない感想を抱いたものでしたが、今回は体力を消耗していなかったせいか感覚が非常にクリアで、産道が押し広げられる感じや、穴から生温かいぬるっとした固形物が半分出ている感覚までしっかりとわかり、出産の生々しさを実感することができました。おもしろかった。

蛇足ですが、長女のお産の時、分娩台でウンウン呻いている間、夫はソファで寝ていました。ノドが乾いていてもなんだか起こすのが悪い気がして言えなかったけど、「他ならぬ出産なのに何を遠慮することがあろうか」という思いも一方であって、ずっとなんとなく釈然としないものが心にあったのです。今回仕事からこちらに向かう夫がタクシーではなく地下鉄に乗ったと聞いて、何の遠慮もなく「タクシーで来い!」と声を荒げられたのがひとつ収穫で、3年半前の思いが成仏しました。まあ本人に直接言ったわけではないのですけどね。スッキリしたからいいのです。夫、間に合わなくて残念でした!

最後になりましたが、お産時に担当してくださった助産師のYさんをはじめ、入院中にお世話になった皆様、どうもありがとうございました!



20060823 (1)-1re2
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