2010年がもう終わってしまう。
時の経過を否応なく感じさせられて、やりきれない気持ちになったりする。
それはただ私がいつまで経ってもひと所に留まっているからで、
自他ともに私の将来を案じているからで、
誰にもこれからどうなるのかわからないからで、
それなのにただ徒に時ばかりが過ぎて行くからだ。

嬉しいことがあった。
実験がようやく始められたことと、
やり始めたら実験が予想以上におもしろかったこと。
長年の願いが叶ったと言っても過言ではない。

研究者の父に育てられ、
研究とは楽しいもの
と洗脳されてきた。
それが実際やってみたら、いまいちおもしろくなかった。
おもしろくない
と、そこで決めてしまう道もあったのだけれど、
おもしろいはずなのにおもしろくないのはおかしい
と私はずっと思い込んでいた。
父の洗脳がよほどの威力を持っていたらしい。

どんなにおもしろくない日々が続いても、
そしてそれは実際、既に数年にもなっているのだけれど、
その考えは頭から離れなかった。
おもしろいと思えないのには何か理由があるはず。
何かが間違っているだけで、そこが修正されればおもしろいはず。
おもしろいはずのことを楽しめぬまま諦めるなんてことはしたくない。
そんなただの意地っ張りのような理由だけで、実は今までやってきた。

やっぱりおもしろいんだ。
やっとそう思えたのが、今年の秋のことだった。
嬉しくて、
興奮して、
安堵して、
誰もいない実験室で何度も泣いた。
実験試料に涙が入りそうになって慌てた。

このことで進むべき方向が定まったわけではない。
かえって混迷を極めている。
対外的にはいつまで経っても
いつ終わるのかわからないし、
次にどこで何をするのかもわからないし、
どうしたいのかすら決めていないまま
なのだけれど。

歴史には決して残らない私の2010年。
まるで進歩のない一年だったけれど、
2011年の土台になり得る一年だった
とだけは、言うことができる。
時が徒に過ぎたばかりではない。
来年にしっかりつなげて、そのことを実証したい。



20060823 (1)-1re2
 よいお年を。