うたかた

湧き上がっては心を揺らす感情の泡を、戯れに文字にしてみる。 札幌、Vancouver、大津を経て東京に戻ってきました。

今とこれからの話

平和な夜に

最近の我が家の朝は、
時計代わりにテレビをつけて、
8時前のNHKの天気予報を見て、
そのまま朝ドラも流れていることが多い。
さほど熱心に見ているわけではないが、
大体の流れを知りたい程度には興味がある。
子どもたちもテレビがついていれば見てしまうから、
あんまり凝視しているようだと消したりする。

今日の話は、
拷問のような場面があり、
空襲があり、
戦死を嘆き悲しむ姿があり、
5歳の長女には少し、刺激が強すぎたらしい。
夜、布団の中で夫に絵本を読んでもらっていた長女が突然、
ドラマ見なきゃよかった
と言ってめそめそと泣き出した。

ああ、お母さんが悪かった。
消せばよかったね。
戦争って怖くてつらくて悲しいの、
ひどいことがいっぱい起こるの、
そんなイヤなことが、ちょっと前にあったのよ。

人間てね、
嫌なことすぐ忘れちゃうみたい。
戦争でいっぱいいっぱい悲しかったのに、
そのうちそんなこと忘れちゃうの。
そしたらまた同じ失敗をして戦争しちゃうかもしれないの。
だから忘れないように、時々思い出すようにしてるの。

ばあばのお母さんは、爆弾が落ちてくる中を逃げたんだって、
ばあばのお母さんのお母さんと一緒に走ったんだって、
体の弱かったお母さんが、
「私はもうここで死ぬから私を置いて逃げなさい」
って言うのを、
「お母さま、そんなこと言わないで!」
って引っ張って走ったんだって。

怖いね。
そんなことしたくないね。
だからお母さん、そんなことに絶対ならないようにするからね。
戦争になんて絶対させないから、大丈夫。
お母さんが守ってあげる。
大丈夫、大丈夫よ。
お父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんもじいじもばあばも、
みーんなで守ってあげるからね。

でも、戦争のことを忘れないようにするのは大人の役目。
だからあなたは、今日は忘れておやすみ。
そのうち大きくなったら、よろしくね。
あなたは人の気持ちがよくわかる優しい子だから、
ちゃんとした大人になれるよ。

だから大丈夫。
今は楽しいこと考えよう。
明日は幼稚園で何して遊ぼうか。
また仲良しのももちゃんと遊ぶ?
明日も運動会ごっこするかな?
お天気が悪かったらお部屋の中で積み木かな?
お母さんが幼稚園行ってた頃はね、…



20060823 (1)-1re2
 この柔らかく清らかな心よ。

産休

どうやら2人目も女の子らしい。
男の子と比べて断言されにくい中で、
でもたぶん女の子
と言われ続けて4度目くらいだったろうか。
産婦人科の先生がエコーを見ながら発した、
今付いてないってことはこれから生えることはないですね
という主語の無いセリフによって確定した。

あーやっぱりそうですか
と少し苦笑いしてしまうのは、
男の子を育ててみたかった
という最早秘かでもない私の願望と、
兄のところに3人目の女の子が生まれたばかり
という近況による。

ともあれ身も蓋もない言い方をすれば、
経済的には助かる
のである。
何しろおさがりが揃っている。
上に4人もいれば、生まれ月も様々で、
季節が合わなくて着られない
ということがほぼ無い。
ヨレヨレになり過ぎて着られない
は、まあ充分にあり得るとしても。

だから当面、服を買い足す予定は無いのだが、
ウェブ広告をうっかり見てしまったのだ。
一度見てしまうと、似たような広告が
これもどうですか
とばかりにどんどん表示されるようになる。
ニュースをざっと見ている時も、
仕事で調べものをしている時も、
目に飛び込んでくるベビー服の数々…。
そうだった、ベビー服ってこんなにかわいかったんだ!

この強烈な誘惑にぐっと耐えながら、
そういえば、赤ちゃんを迎えるってこういうことだったな
とふと思った。
この夏の暑さと、
娘の相手と、
妊娠中のあれこれと、
細々とある仕事と。
そんな日常に流されて、お腹の子に注意を向けてこなかった。
生まれてからのことを想像してワクワクする時間
を、そろそろ考えてもいい。

そうだ、産休を取ろう。



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 9月初め辺りを目途に。

戦力

ここのところ、なんだか猛烈に忙しかった。

例えば午前中は、娘の相手をしながら、
食器を洗い、
食器を片付け、
洗濯機に洗濯物を、「いれたい」という娘にやらせ、
お布団を上げ…るのを一緒にやりたい娘とわっしょい運び、
乾いた洗濯物を、「たたむ」という娘にやらせ…ようとするも「じょうずにできない」と怒るのをなだめながら手取り足取り教えつつ娘にバレないようにたたみ直し、
洗濯機から取り出した服をピンチハンガーにつるしたいけどまだ片手で洗濯バサミを広げられない娘のために洗濯物を下で構えておいて娘が両手で広げた洗濯バサミのところに差し込んでやり、
ハンガーに服をかけたい娘のために床に服を広げてその上にハンガーを置いてやり、
物干し竿にタオルをかけながら、娘がひとつひとつ渡してくれるハンガーを「ありがとう、助かるわ」と丁寧に御礼を言いながら受け取って物干し竿にかける。
合間合間に、「といれ!」と叫ぶ娘についてトイレに行き、まだ届かない電気のスイッチを点けてやるか、抱っこして点けさせてやるかし、用が終わるのを待って拭いてやり、洗った後大抵びしょびしょなままの手をタオルで拭き直す。
そうこうしている間に、もうお昼ご飯が気になる時間になる。
”何もできないまま”時間が過ぎていく。

ひとつひとつの作業にものすごく時間がかかる。
娘にやらせるのが面倒でこっそり先にやってしまうと、
やりたかったのにい!
と猛抗議を受け、かえって時間がかかる上に空気が悪くなる。
じれったいのを我慢し、
イライラしそうになるのをグッと堪え、
面倒くさい気持ちに蓋をして、
ちょっとこれ手伝ってくれる?
と自ら娘に声をかけるこの忍耐の日々…!

と、思っていたのだけれど、冷静に考えてみると近頃どうも、そうばっかりではない。
絵や工作がグンと上達し、一人で遊べるようになった。
丸暗記した絵本を一人で読んでいることもある。
自ら踏み台を持ってきてトイレの電気を点けられるようになった。
直す必要が無いくらい洗濯物をたたむのが上手になってきた。
洗濯ネットは自ら進んで定位置に戻してくれる。
電化製品がピーピー鳴れば教えてくれ、私が何かを落っことせば拾ってくれる。
玉ねぎの皮をむいてくれ、エンドウ豆のすじを取ってくれる。
いつの間にか時々、貴重な戦力になっているのだ。
それも、遊びの一環のように嬉々としてやっている。

娘は今、2歳9か月。
赤ちゃんの頃から全力で向き合った分の信頼関係があり、
時間をかけて教えたことでできるようになったことがたくさんある。
振り返ってみれば娘と過ごすだけで否応なく日々は充実しているし、
2年9か月分の努力が報われたと感じる瞬間が増えてきた。
目下気を付けるべきことといえば、
わずか2歳の娘に甘え過ぎないようにすること、
つまり子どもを小さい大人にしないこと。
親は親で、成長と自律を迫られている。



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 今のところ未来は明るい。

絵を褒める

娘が生まれて間もない頃、私はその、
あまりの真っ白さ
に畏怖の念を抱いていた。
この子に対する言葉や行動がいちいち、
真っ白な存在に染みを付けるだけ
のような気がして怖かった。

例えば、色。
波長の連なりを雑に区切って、
ここからここまでが青
などと決めてしまっては、
紺青色と瑠璃紺のわずかな違いを感じる力を、
殺してしまうのではないか。

例えば、感覚。
かわいいとかキモチワルイとか、
熱いとかぬるいとか、
言葉を教えるつもりで、
主観を押し付けてしまってはいないか。
いつの間にか身につけた常識で、
柔らかな発想を、
押し込めてしまうのではないか。

その手の恐怖心は今なお心に存在している。
教育とは、
無限の可能性をひとつひとつ潰していくこと
のような気がして、
絵を褒めること一つとっても、思い悩んでしまう。

娘が絵を描いていたので、
何描いたの?
とたずねた。
すると娘は、
にゃーにゃなの、ぱんつはいてる。
と答えた。
なるほどそれは、
三角のお耳があって、いかにもネコみたいで、かわいかった。
わあ、かわいい、上手!
と私は言って、
上手に描けたから取っておこうね、
と日付を記入し、冷蔵庫に貼った。

それからしばらくしたある日、
おひさま かく
と言って、
根生姜のようなもの
を描いた。
大人が描くような、
円を基本とした何か
ではまったくなかった。
すごいお日様だわねえ!
と私は言って、それから少し考えてしまうのだ。

私はその根生姜のようなお日様を、
上手に描けたから取っておこう
とは言わなかった。
だけどそれは私の思う型にはめているだけだと気づいて、
あああ、しまった、
と頭を抱える。
すごいお日様だったのだ。
私にはもう描けないお日様だった。
それを私は、うまく評価できずに流してしまった。
これは何か、重大なことのような気がするのだけれど、
だけど、では、どうすればよかったのか、
わからない。

褒めるのは難しい。
叱るのも難しいけれど、
褒めたり褒めなかったりすること
すら無言のメッセージになっていることに気づくとき、
ひええ、私には子どもの教育など無理です、
と思う。




20060823 (1)-1re2
 親としての私の限界。

予定を断念した

娘がゴホゴホ咳をしていて、
それがだんだんとひどくなり、
鼻水まで加わって、
私は外出の予定を断念した。

それが思いの外悲しくて、
ポロポロと涙をこぼしながら、
行けないことが悲しいんじゃない、
娘最優先と口で言いつつ心の底では納得できずにいる、
その、親としての至らなさが悲しいのだと、
余計にボロボロと泣いた。
自分の欲求を押し通して出かけてしまう手もあった、
といつまでも未練タラタラなのだ。

娘が2歳になってから、日々の生活が難しい。
「おかあさん、やだ」
「といれ、いっちゃだめ」
「そっちじゃなくてこっちがやりたかったの!」
「おかあさん、うるさい!」
そういう言葉が、いちいち胸に刺さる。
つい苛立ってしまう。
真に受けて、悲しくなってしまう。
大きな心で、受け止めてやれない。

グッと堪えて表情を整え、
そっか、
わかったよ、
じゃあこっちにする?
と言ったところで
「じゃあこっちにするって、いわないで」
というような返答が容易に想像できるようになると、
もうどうしていいのかわからないのだ。
我慢の回数は蓄積しているのにこれといって成果は無く、
親の子に対する行為として我慢は当然、
と不満は自ら抑え込んでいる。

時には堪えきれずに声を荒げ、
怒鳴るよりはと息を止めて他の部屋に立ち去り、
時には泣いてみせ、
白々しいほど明るい声で違う提案をし、
ただただ黙ってじっと待ち、
あれやこれや手を尽くしてみても、一番効くのは、
父親(夫)の帰宅であったり、
祖母(母)の訪問であったりする。
無力感、そしてあろうことか、僻み、そして妬み。

もっと周りに頼って、
と、当事者でなければ私は平然と言うだろう。
お母さんだってやりたいことやらなきゃ。
笑顔でいられなかったら何にもならないよ。
お母さんが元気なのが一番だよ。

わかっている。
原因は私のつまらない意地なのだ。
論理的に考えて、正しい方を選びたい。
そのためには自分の一時の心情は二の次だ。
それでも、自分の思う理想像と現実とが折り合っていない。
どこかを変えるしかないのだけれど、
落としどころを決めあぐねている。
こういうことこそ、他人にどうこう言われてもダメで、
自分で判断し、納得しなければ意味がない。

涙をだあだあ流しながら絵本を読んでいたら、
おかあさん、だいじょうぶだよ
とわけもわからず慰めてくれた後、気が付くと娘はそのまま寝ていた。
まだお昼ご飯も食べていない。
やっぱり少し体調が悪いのかもしれない。

予定をキャンセルしてよかった。
そう思って、少しホッとし、そして少しうんざりする。
これでまた、我慢が正当化されてしまった。
次もまた私は、我慢する方を選択するんだろうな。
そうしているうちに、時が過ぎていくのだろうか。

私は自己満足だけ積み重ね、
そして娘は親の気も知らず、
相も変わらず私に言いたい放題言っていて、
それでも、
お互い確かに愛情を感じていられたら。
その時にはきっと、我慢の澱もきれいに昇華している。



20060823 (1)-1re2
 恐らく別の澱が溜まってるけど。
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